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2018年、暮れゆく

今年も終わろうとしている。
今年は父の逝去という大きな事があり、大手を振って喜べる年ではなかった。
いなくなってしまった実感は無いんですけどね・・・。
今でも実家に行くとそこに居る様な気がして・・・。
そこに居なくても、ちょっと出掛けているだけの様な気がして・・・。
その2週間前には叔母も亡くなった。
自分の膝の怪我が、もはや少年団での審判やらの実働的手伝いが出来る状態ではないことも知らされた。
でも新作映画の当たり年だったし、東京で「2001年宇宙の旅」も観られた。
悲しさ・寂しさの方が大きいけど、充実した年でもあった。

父の逝去については、後日じっくりここで書き綴ってみることにします。
また、2018年に亡くなった著名人の追悼特集記事も書いていこうと思います。

ということで、今年の締めは「今年一番聴いた曲」で締めくくります。
かつて聴いていた音楽だけど、改めて聴きなおして、名曲っぷりを再確認したこの曲で年越しを迎える事にします。

「都会/大貫妙子」



来年も宜しくお願いします。
皆様、良いお年を。
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今年の映画 傑作選 2018

とりあえず「新作」という縛りで傑作選を書いているんだけど、旧作を入れちゃうとどうしても「2001年宇宙の旅」と「七人の侍」が入っちゃうので、こんな映画史上の大傑作と比較するのは反則。
そんな新作縛りでも傑作はあるのですよ。

「バトル・オブ・ザ・セクシーズ」

1973年、全世界のテニスファンの注目を集めた、元男子チャンピオンのボビー・リッグスと、現役女子チャンピオンのビリー・ジーン・キング(キング夫人)による男女間対抗試合、「バトル・オブ・ザ・セクシーズ(性別間の戦い)」を題材とした、実話に基づくテニス映画。

世代的にはもう少し後のクリス・エバートやマルチナ・ナブラチロワの時代なので、キング夫人はキャリアのギリギリのところしか覚えていない。
しかし見れば見るほどエマ・ストーンがキング夫人に見えてくるから不思議だ。
マイノリティの話も少しだけ絡めていて実に面白い。
テニス好きはぜひ御鑑賞を!

今年の映画 傑作選 2018

今年は新作が当たり年だった。
前回紹介した「タクシー運転手 約束は海を越えて」の他にも傑作が揃った。
それらを「2位グループ」として紹介していこう。

「津軽のカマリ」

盲目の津軽三味線奏者・高橋竹山のドキュメンタリー。
津軽という風土と、二代目へと受け継がれる「高橋竹山」という生き方を見つめた映画。

幼い頃にこじらせた麻疹の影響で視力のほとんどを失い、過酷な境遇の中で三味線を習い始める。
17歳で師匠の元から独立し、「門付け(三味線を弾く代わりに食料やお金をもらいながら生活する事)」をしながら東北各地から北海道、果ては樺太までも渡り歩き、生死の境を渡り歩く。
やがて津軽民謡の神様といわれた成田雲竹に請われて津軽民謡に伴奏をつけるようになる。
それが当時のキングレコードのディレクターの耳に留まり、史上初の三味線独奏のレコードを発売する。
そしてそれは東京でのリサイタルを実現し、ニューヨーク、モスクワでも演奏する。

次元の違う過酷な人生と、次元の違う別世界の音色。
お隣の南部人として、東北人として、日本人として忘れてはならないものがここにあると思わせる傑作でした。

今年の映画No.1 2018

前回リストアップした映画の中から、2018年のNo.1を決めてみよう。
あくまでも2018年の新作という条件での選出です。
旧作も含めると、旧作が1位を取っちゃうので・・・。
しかも観た映画の大半が旧作なので・・・。

という事で、2018年のNo.1はこれ。

「タクシー運転手 約束は海を越えて」

これはダントツで今年のNo.1に選出。
韓国の民主化運動における悲劇として語られている「光州事件」を題材に描いている。
事件の真相を追うドイツ人記者と、光州までその記者を乗せたタクシー運転手の物語。
光州事件とは、1980年に韓国の民主化運動を求めてデモを行う市民に対して、自国の軍隊が無差別発砲した事件である。
本当の意味で韓国の民主化が成されたのが1987年なので、つい30数年ほど前の話なのである。
歴史ものとしても、エンターテイメントとしても一級品の傑作。
これはおススメ!

今年観た映画を羅列してみた 2018

今年も年の瀬が迫ってきた。
ということで、締めくくりをする時期。
今年観た映画を振り返ってみるとしよう。
条件は「映画館で観た映画」ということで。

1.ゴッホ 最後の手紙/盛岡中央劇場
2.猫が教えてくれたこと/八戸フォーラム
3.バグダッド・カフェ/盛岡中央劇場
4.招かれざる客/盛岡中央劇場
5.羊の木/フォーラム盛岡
6.リュミエール!/ルミエール2
7.ライオンは今夜死ぬ/ルミエール2
8.早春/御成座
9.デヴィッド・リンチ:アートライフ/ルミエール2
10.タイタニック/盛岡中央劇場
11.太陽がいっぱい/盛岡中央劇場
12.地獄の黙示録/盛岡中央劇場
13.泳ぎすぎた夜/御成座
14.用心棒/盛岡中央劇場
15.椿三十郎/盛岡中央劇場
16.タクシー運転手 約束は海を越えて/アート・フォーラム
17.七人の侍/盛岡中央劇場
18.カメラを止めるな!/八戸フォーラム
19.告白小説、その結末/八戸フォーラム
20.危険な関係/御成座
21.バトル・オブ・ザ・セクシーズ/八戸フォーラム
22.ゲッべルスと私/八戸フォーラム
23.マイライフ・アズ・ア・ドッグ/盛岡中央劇場
24.太陽の塔/盛岡中央劇場
25.顔たち、ところどころ/シネスイッチ銀座
26.2001年宇宙の旅 70mmシネラマ版/国立映画アーカイブ
27.灰とダイヤモンド/盛岡中央劇場
28.2001年宇宙の旅 IMAX版/TOHOシネマズ仙台
29.止められるか、俺たちを/フォーラム盛岡
30.暗殺の森/御成座
31.津軽のカマリ/御成座
32.裸の島/盛岡中央劇場
33.1987、ある戦いの真実/御成座
34.ボヘミアン・ラプソディ/フォーラム盛岡

以上、34本でした。
結構観たなぁ。

最後の別れ Rest in peace

2018年11月26日、午後3時40分。
(診断書では午後4時24分)
父、永眠。
享年、89歳。

11月16日金曜の深夜3時。
実家の父本人から兄のところに「具合が悪い。」と一報。
兄のところからオレのところに連絡が入り、すぐさま駆けつけた。
先に到着したオレの目に入ってきたのは、すでに寝床から居間に降りてきて、お茶を飲みながらコタツに入っている父の姿だった。
容態を聞くと「・・・痛い。」と一言。
いつもならやせ我慢をする人が、素直に痛みを訴えるなんてただ事じゃないと直感し、すぐさま救急車を手配。
やがて兄も到着し、救急車も到着。
救急搬送先で、即入院と告げられる。
酸素量が少ないという指摘の元、検査してみると肺炎と診断。
この時点でほぼ絶望だろうと予感した。

入院後の二日間は、元気を無くしているものの、容態は安定していた。
翌週の月曜日の夕方、オレの所に病院から電話が入り、「容態が急変したので来てください」との事。
すぐさま車を飛ばし病院に向かうと、すでに意識を失った父の姿が。
その日は病室でずっと傍に付いていることにし、一夜が明けた。
すると朝になって突然目を開け、「オレ、死んだのか?」と話しかけてきた。
そこから一気に体調が戻り、翌日には炎症のために肺にたまっていた膿を取ることにした。
その治療も無事に終わり、酸素量も正常に戻りつつあった。
さらにそれから二日後、突然意識が薄れ、目は開けるものの、ほとんど話せなくなった。
問いかけには応えるものの、自らの意思表示が出来なくなってきた。
それから数日、体を動かしたり、目を開けてこちらを見たりするが、ほとんど眠り続けた。
そして26日の夕方。
兄と姪が見守る中、本当に眠るように息を引き取った。
結局オレは死に目に会うことは出来ず、息を引き取った10分後に到着した。

一度危うい状況になったと聞いた時、病院に向かう前に実家に寄り、仏壇に手を合わせて「まだもう少しだけ連れて行かないで」と母や祖父母にお願いした。
その間、感情を抑えることが出来ずに、ひたすら泣き続けた。
願いが通じたのか、たった数日ではあったけど、再び意思疎通出来る状態になってくれたことは、オレの心の救いとなった。
母の時と同様、いまでも亡くなったという実感が無い。
遺骨も拾い、実家には遺影も飾られ、遺品の整理にも着手し、戒名も貰って位牌に収まっているというのに。
まだ病室にいるような、いや、実家に行けばまだいるような気がしている。

89歳といえば大往生だろう。
ここまで元気に生きていてくれたことに感謝している。
親不孝者の息子だった。
スネをかじりまくって、負担ばっかりかけてきたのだろう。
戦争という辛い経験をしていたにもかかわらず、それを表に出す事無く愛情を注いでくれた。
唯一出来た親孝行は、親よりも先に死ななかったことだけ。
思い起こせば、いつも傍にいてくれた。
色んなことを教えてくれた。
少々照れくさいが、この両親の子供で本当に良かった。

何とか聞くことの出来た戦争時代の話を、残したメモを元に文章にまとめている。
どれだけの時間がかかるかわからないが、必ず書き終えようと決心した。
両親の人生を振り返り、これからの自分の生き方の指針にしようとも思っている。
そして、いつも通りの、自分自身の人生を歩む事が、両親への供養となり、感謝となり、そして安心させてやれることなのかもしれない。
そう思いながら生きていこう。

母の時と同様、父への最後の言葉。
「ありがとう。」

「2001年宇宙の旅」の旅 ふたたび その15

そして帰宅。
抜け殻の様になっていた私に「観られてよかったね」と嫁の一言。
話したい事は山ほどあるが、興奮して眼が冴えているのだがさすがに疲れた。
食事代やお土産代も含めると、8万円以上掛かった今回の『「2001年宇宙の旅」の旅』。
これ程までに心血を注いでまでも観たい映画はまだまだある。
ただ、私の人生初の映画「燃えよドラゴン」以外では、ここまでやる気が起きるかどうかは不明。
いずれ今回の上映が日本では最後の上映になる事が確実な様なので、この機会に体験できた事は私の人生の宝となった。
延べ人数として、日本全国で3,720人しか観る事が出来なかったこの映画。
その中の一人になれた事は、生涯忘れられない経験であると共に、人生最大級の誇りのひとつとなったのでした。

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「2001年宇宙の旅」の旅 ふたたび その14

ホールを後にし、帰路に着く前に少しだけ余韻に浸る事にした。
ロビーには今回の責任者・冨田さんがいた。
「貴重な体験をさせて頂き、ありがとうございました。」と少しだけお話をさせてもらい、岩手から、しかも二度目の当日券挑戦だと告げると、申し訳なさそうに深々と頭を下げられた。
いよいよ帰ろうと思った瞬間、後ろの方から「御成座・・・」という言葉が聞こえ、振り向くととある男性が冨田さんとお話をしている。
思い切って話しかけてみると、秋田からいらっしゃった方で、個人的に御成座を応援するサークル的なものを立ち上げていらっしゃるとか。
その方はこれから横浜(だったかな?)方面のIMAXシアターで映画を観て帰るという事だった。
「私は11月には御成座に「暗殺の森」を観に行く予定です。」と話し、御成座で遭遇するかも知れませんねと笑い話をして別れた。
後日、本当に「暗殺の森」上映中の御成座で再会したのでした。

本当の意味で、映画好きの集まる、映画好きにはたまらない時間と空間だった。
思わぬ交流が出来、「ここで一緒に映画を観た310人の人達とは、もう二度と会う事も無いのだろうなぁ。」と、「一期一会」という言葉を噛み締める一日でした。

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